高知地方裁判所 昭和40年(む)81号 判決 1965年5月24日
請求人 稲住鉄男
決 定
(請求人氏名略)
右の者に対する上訴権回復の請求事件について、当裁判所は事実の取調を遂げ次のとおり決定する。
主文
請求人に対する当裁判所昭和三八年(わ)第六六号、同三九年(わ)第九五号詐欺、私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、恐喝被告事件につき、昭和四〇年三月二九日当裁判所で言渡した判決に対し、請求人のため上訴権を回復する。
理由
第一、本件上訴権回復請求の理由の要旨。
請求人は自己に係る詐欺、私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、恐喝被告事件で昭和四〇年三月二九日高知地方裁判所において前同様の罪名で、懲役二年と同一年(未決勾留日数中一五〇日を右二年の刑に算入)の有罪の判決があつたが、請求人はこれに対し控訴の申立をなすことなく控訴期間を経過したが、左記事由によりその上訴権回復請求の申立をする。
すなわち、請求人は控訴期間満了の同四〇年四月一二日高知刑務所の担当看守に「弁護士が控訴の手続をしてくれているかどうか確めて貰いたい」旨申し出たところ、同看守から「控訴は弁護士がしてくれている」旨の返事を得たので、請求人は、控訴は弁護士によつて手続済であるから、請求人よりあらためてしなくてもよいと考えてその手続をしなかつたものであつて、右は請求人の責に帰すべからざる事由によつて控訴期間を遵守することができなかつたものであるから、右判決に対する上訴権の回復を請求するというのである。
第二、右主張に対する判断。
右被告事件の記録、さらに本件記録中の各書類及び本件につき行われた当裁判所の事実の取調における秋山天山、蓮井正則、宇野秀義の各供述を総合して考量すると、
請求人は前記被告事件で高知地方裁判所で審理を受け、昭和四〇年三月二九日同裁判所において、前同様の罪により懲役二年及び同一年(未決勾留日数中一五〇日を右二年の刑に算入)に処する旨の判決を言渡されたが、当時請求人は右被告事件で勾留されていたのを保釈となり、右判決後直ちに再保釈の申立をし、その決定があつたが、右保釈保証金を納付しないので再び勾留されるに至つたものであること、請求人は控訴期間満了日である同年四月一二日午後一時頃、高知刑務所の担当看守秋山天山に対し、「今日が控訴申立期間の最終日である、弁護士に電報を打つて面会を頼んであるが来てくれない、以前から控訴と控訴保釈を頼んである、保釈がきているから、控訴の申立をしてくれていると思うが、念のため弁護士に手続をしているかどうかきいて貰いたい」旨の依頼をし、同看守は、自己の権限ではそのようなことはできないので、所内電話で庶務課の蓮井副看守長に対し、「保釈はきいているが、控訴期間に日がないから、念のため頼んではあるが弁護士に控訴手続をしてくれているか、問い合わせてやつて貰いたい」旨を話し、同副看守長は直ちに、電話で、宇野弁護士に対し、「控訴保釈の手続はすんでいるかどうかきいてくれといつているがどうか」ときいたところ、同弁護士は、控訴保釈とは控訴して保釈をとることを俗にいうものと考えており、かつ控訴は本人がしているものと思つていたので、「控訴保釈である、一五万円積めば今日でも出られる」旨を答えたので、同副看守長は右秋山看守に対し、「手続は全部済ませてある、金さえ積めば出られる」旨を伝え、同看守はさらにその旨を申立人に告げたものであつて、請求人は弁護士から控訴手続が採られているのであれば、自らこれをする必要がないと思つたものであるが、実際は右のような事情で控訴手続がとられずに控訴期間が経過したものであることが認められる。しかして右は看守、副看守長及び弁護士間において、控訴手続と保釈手続とを区別し、用語においても、もう少し注意すべきをこれが不充分であつたために手違が生じたものというべく、請求人またはその代人の責に帰すことができない事由によるものといわなければならない。
そして請求人が前記被告事件の訴訟経過を知つた時から控訴の提起期間に相当する期間内に、右第一審の判決に対する本件上訴権回復の請求とともに、これに対する控訴の申立をしたものであることは本件記録上明かなところであるから、請求人の本件上訴権回復の請求はこれを許すべきものである。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 白石晴祺)